この世界の片隅に、を観てきた。戦争が産んだ日常と、選択と、悲劇を克明に描いた映画。

激動の時代。第二次世界大戦が行われた昭和20年。

そこで生きる女性「すず」が生きた世界をほんわかした絵柄で綴られる映画。「この世界の片隅に」を観てきました。

この世界の片隅に 昭和20年での生きた女性の姿を描く

ポスター画像はこちらより引用

選択の上で、生きていく

この映画は主人公である「すず」が昭和20年になるまでの十数年の生活の様子が描かれている。

彼女は絵が上手な、ぼんやりした、天然な可愛いらしい女の子だった。ていうか、かわいい。

 

幼いころは家から学校に通い、家業を手伝い、夏にはすいかを食べて育った。

 

やがて、大人へと成長したすずは、広島の呉に住む周作という男性に嫁ぐことになった。

広島の呉へと移り住み、そこですずは戦争の激動の時代を生きていくこととなる。

 

昭和20年、1945年。舞台は広島と書いてある。つまり、原爆が落ちたときのことも描かれている。

 

その時にたどり着くまでの間に、数多の選択がなされ、すずがどうなっていくか。

この映画は戦争に対しての政治的な意味は一切なく、戦時中に過ごす人たちの日常を物語った映画だ。

等身大の人間の生き様。精一杯に努力して、頑張って、でも、なんともやりきれない。それでも、生きていく。そんな日常を描いてます。

 

….ああ、もどかしい。この映画の話はネタバレなしには語れません。

ていうかネタバレを含まないとこの映画の話ができません。

 

とにかく、観てほしい。

え?面白いかって?

 

ぼくは面白い。と思います。

すずがとにかくかわいくてですね。絵柄もほんわかしたちょうどよい感じでなんともいい感じ。

天然なすずの主観で話が進んでいくので、最初はなんともな日常がコメディチックにのほほんと描かれていく。

すごく、平和で、なんともない普通の日常。

 

しかし、次第に戦火が広がるにつれ、厳しい現実を目の当たりにしていくことになる。

嫁ぎ先でのすれ違いや、葛藤。幼馴染との三角関係のような恋愛事情。そして、やがて訪れる悲劇。

 

様々な工夫が凝らされたこの作品は本当に面白かった。

 

だからこそ、この作品を一言面白いで片付けるにはちょっと物足りない。

 

ということで、この先はネタバレ注意です。

 

注意。ものすごいネタバレを含む話になります。

「うちも知らんまま死にたかったなぁ」には全てが詰まっていると思った。

第二次世界大戦では日本に原爆が投下され、敗戦したのは有名な話です。

しかし、その瞬間を物語る作品はそう多くないでしょう。この映画にはその一つが描かれていました。

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終戦の知らせをラジオで聞き、敗北を知ったすずは憤りを隠すことができず、まだ戦っている!まだここで生きている!と叫ぶ。

 

数多の悲しみの上で行い続けていた戦争。しかし、それが何にもならなかった。

ひとしきり叫ぶとすずは畑へと走り去る。そこで、涙をこらえきれず、慟哭する。

 

ふと、顔を上げると、遠くの町並みで旗が上がる。

「海の向こうから来たお米…大豆…そんなもんでできとるんじゃなあ、うちは」

「うちも知らんまま死にたかったなぁ」

とつぶやきます。

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上記、すずが敗戦を知ったときのシーンになります。

 

映画を見ているときは、考察する余裕もなく「戦争は何も産まない、悲しいことばっかりだ」的なニュアンスの事を言っているのかな。と思っていました。

が、じっくり状況を精査して、もう一度セリフを見直してみるとぜんぜん違うことに気づいた。

 

「海の向こうから来たお米…大豆…」

これはつまり、海外で作られた食物を口にして生きてきた。ということ言っているんだと思います。

そして一瞬だけ映った旗の正体。それは調べてみると「朝鮮の独立旗」ということでした。

 

日本が支配していた国の食物を食べて生きてきたすず。彼女たちもまた、この悲しみを与え続ける立場にいた。

悲しみを与えられる側となり、世の中の仕組み、世界の一端に関して悟ってしまった。

ということだろうか。日本は負けたが、それにより喜ぶものが日本にいるという事実。

 

その事実を知らずに死ねたほうが、戦争への納得感を失わずに済んだのに。

降り注いだ悲しみは普通ではなく、間違いだと。それに気づかなければずっと「普通」で居られたのに。

 

そういうことなのだろうか。すずさん?

ぼくには分からないが、それだけこの自体の日本の人は身を削り、戦争にかけていた。

 

映画の前半では真剣に、時にはコミカルに生活をする。ときには戦争なんてやだやだと口にするシーンもあった。

だが、後半になればなるほど戦争そのものに希望を持ち、頑張っていた。頑張るしかなかった。

そして最後にはそれは希望でも何でもなかったと気づいていしまった。

 

一体、その衝撃は彼女たちをどんな思いにさせたのだろう。

ぼくはこのセリフでその一部の思いを感じられた。ような気がします。

 

「ありがとう、この世界の片隅にうちを見つけてくれて」

数多くのあり得た事象と、選択の上に今のすずがある。

 

敗戦のあと、それでも生きていくんだと生活を続けていく中。

悲しみに暮れるすずは、自分を笑顔の器として、生きていくことを決意する。

 

敗戦処理が少し落ち着きを見せた頃、すずは、おなじく広島にある地元へと戻った。

広島の呉は原爆の被害を受けなかった。しかし、そこは違った。

広島の呉から一山越えた場所にある、すずの地元。原爆の直撃を受けた故郷の様子を見ることになる。

 

そして、地元に残り過ごしていた両親の死を知り、被爆した妹を見ることとなる。

 

 

もし、少しでも選択をかけちがえれば、すずはこの場にいなかったかもしれない。

 

映画の中盤あたりですずは「もしかしたら夢を見ていて、広島の呉に嫁ぎに来ているのかもしれない」と言った。

覚めないでほしい夢だとも言った。

本当は、地元で暮らしているかもしれない。そんな選択もあった。

 

本当に様々な選択があり、選ばなかった道もあり、選べなかった道もある。

 

すずは、周作に「ありがとう、この世界の片隅にうちを見つけてくれて」と告げ、広島の呉で生きていくことを改めて決めた。

そして、雪の降る故郷を去り、広島の呉へと戻っていった。

 

終戦間際、全く笑わなかったすずさんが映画の最後ではこれでもかってほど笑顔を作ります。

それは自然な笑顔なのか、決心からの笑顔なのか。

わかりませんが、この激動の時代を強かに生き、そんな時代の日常を暮らしていた女性。

 

そんな本当に等身大な姿が描かれていたと思います。

 

本当に、面白かったです。

こういう戦争作品などはいつも「英雄」など、特別な人達にスポットが当たることが多いのですが

この映画は本当に良い映画でした。

また見たいなと思えるような映画です。

是非みなさんも見てください。

 

 

参考

中タイトルにしているセリフですが、セリフをはっきり思い出せなくてwebを探していたんですが

【ネタバレあり】『この世界の片隅に』のリンと水原にみる物語のテーマ(考察と感想)

このような記事に当たりました。この方の考察が素晴らしいです。すごく参考になったのでぜひ見てみてください。

また、終戦直後のすずのセリフは原作とは違うものになっているようで、それに関しては

監督インタビュー記事

こちらを御覧ください。

 

やっぱり映画を見終わったあとはいろいろな人の考察を見るのは

どうしても主観的な解釈だけになっちゃいがちなので、より映画を知る上で大事だなぁと、ぼくは思います。

原作はこちら

劇場で見た人も是非原作を。と言われているほど、良い作品の様子。ぼくもあとで買おう….

それでは。